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2014年9月

2014年9月 5日 (金)

コールサック79号刊行しました!

コールサック79号刊行しました!

全国各地の強力かつ新鮮な執筆陣のおかげで、ますます充実の号と感じています。
手に取って、読んでみていただけたら、幸いです。
とりあえず、私のブログでは、目次、連載を再開した時評、編集後記、私の詩と連載エッセイを下記、再掲します。

COAL SACK(石炭袋)79号目次
扉詩  橋爪さち子  折り紙           
詩   中原かな   縁日            
    登り山泰至  かた            
    福山重博   何故という空洞/ゴーヤ/ 
           人形遣い/流行/審判 
    山本聖子   早起きした六月の朝に  
    山口修    継ぐ/天球の部屋     
    北原亜稀人  空と牢獄/明日の帰還① 
    羽島貝    いま/素描XXXI/ 
           素描XXVIII/帰路/郷愁 
    有馬敲    ほら吹き将軍2014    
    榊原敬子   飛び立ちたいと     
    川端真千子  寝室と夜話。/ほしのもと。/連れだって。/帰郷。/
           眼窩の詩人。/屋上にて。 
    小山健    夢 万年筆の四相     
    奥主榮  袋の土地シリーズ 丘の上の袋屋敷  
    中林経城   白い砂漠      
    秋野かよ子  消えゆく町       
    木島章    夏            
    佐々木淑子  月が言うんです    
    勝嶋啓太   サムライブルー/
           ソーリ大臣様のご挨拶です 
    中道侶陽   おはよう/忍/まよい/ 
           二羽の蝶/画家気取り
    矢城道子   ドクダミの花/創/さがしもの 
詩論  高橋郁男 詩のオデュッセイア 
    ―ギルガメシュからディランまで、 
 時に磨かれた古今東西の詩句・四千年の旅 第四回 
詩人論 奥主榮   有馬敲研究「未踏の沃土」第十回
          神話の形成 Ⅲ 
    尾崎寿一郎  ランボーをめぐる諸説(9)
            粟津則雄のランボー
           ランボーをめぐる諸説(10) 
            井上究一郎のランボー 
           『イリュミナシオン』解読(2)
            おはなし 
    鈴木比佐雄 「核災」後を生きる福島の詩人たち 
詩   淺山泰美   極光 
    藤間公美   女/まんま     
    末松努    一発屋        
    井上優    記憶/夜・存在 
    若宮明彦   7TEEN       
    志田昌教   風が止まる/春雷/
           愛し疲れて 今/思い出を残す 
    松尾静子   針金の月(青春の残渣)/
           青のないアン・フォルメル
    武西良和   美術館1/美術館2/美術館3
    貝塚津音魚  牢獄の星/姿を晦まして 
    東梅洋子   うねり 風の電話~花畑より~/
           サクラ 
    二階堂晃子  あやふやな喪失/わらいばなし/
           やあ、こんにちは 104
    根本昌幸   神さまの昼寝/変わった風景 
    みうらひろこ 山の悲しみ/白クマはどこへ 
    児玉智江   のっぺらぼう/
           美千子の遺産相続ものがたり 
    植田文隆   何も/気づかない/いじめ 
    古城いつも  営業ウーマン      
    こまつかん  脈診/話/風車に/葉は落ちて 
    鳥巣郁美   ひとつの経路が      
    酒木裕次郎  利根川縁の街      
    武中義人   アンドロメダからの通信③
       バランス/良き眠りを/果実の予感/母
日英詩 尾内達也   ピンク・ノイズ/Pink noise 
翻訳詩 高炯烈詩集『ガラス体を貫通する』連載第四回
            権宅明・訳/佐川亜紀・監修 
    シェダ ヘナ ババール アリ詩集
     『未知を訪ねて』より/結城文・訳 
 【詩をめぐる対話】ロミー・リー、尾内達也
        (翻訳・解説 尾内達也) 
  ベトナム詩集『海~故郷と愛~』 
        (訳)ファン・ティ・ミー・ロァン、 
          グェン・ドー・アン・ニェン 
        (解説)清水政明 (監修)冨田健次 
第七回 鳴海英吉研究会・市川の詩人たち ご案内 
詩集『SNSの詩の風41』出版記念朗読放送 ご案内
第33回 2014年度 小熊秀雄〈長長忌〉 ご案内 
時評  佐相憲一   この世界に詩があること 
エッセイ 174
    井上優    詩人との対話      
    芳賀稔幸   「平和への誓い」をあらたに  
    秋野かよ子  鮎         
    若宮明彦   カントリー・バラード・シンガー、
           エルヴィス 
    石村柳三  生きることにとっての嬉しいこと 
    「石橋湛山平和賞」を受賞しての感懐 
    外村文象   春から夏へ─八十歳の日記  
    淺山泰美   花屋の奥さん    
    茂山忠茂   愛郷の歌・酒木裕次郎詩集『浜泉』に寄せて 
小詩集 音月あき子  『アタマの充電器』七篇  
    原詩夏至   『4コマ詩集(Ⅳ)(Ⅴ)』 
小詩集 高畑耕治   『葉っぱのハート、すみれに。』 
    青山茂    『生きる力、病とたわむれ』六篇 
    河勝重美   『俺』シリーズより四篇 
    大塚史朗   『詩集未収録詩篇』 
    萩尾滋    『歪んだ真珠』
中村純×奥憲太 往復書簡 ③ 
 憲亮へ―平和のために生まれてきた私たちの息子へ― 
小説  黄英治    前夜 第四回   
連載エッセイ 
    貝塚津音魚  里山再生を目指して⑪    
    宮川達二   ノースランド・カフェの片隅で
            ―文学&紀行エッセイ  
            第一回シェイクスピア書店
    うおずみ千尋  盲目の日に 
             金色のダンスシューズ 
    佐相憲一   横浜にて ⑤(最終回)  
詩   酒井力    地軸の泪
    中村花木   衝動買い        
    豊福みどり  ドライブ       
    青柳晶子   歩く         
    平井達也   尖り方について      
    宮川達二   百年 ―一原有徳さんへ― 
    坂本梧朗   身体詩集(1)       
    洲史     川中島の落ち武者    
    美濃吉昭   国宝聖観音菩薩像/阿修羅 
    片桐歩    アセビ        
    田中作子   夏つばき哀憐/枇杷の実 
    杉本知政   蝶の旅立ち      
    速水晃    生きもの百態(1)    
    山﨑夏代   たたかうということ
    笠原仙一   詩ロマン       
    外村文象   カリフォルニアの孫娘 
    皆木信昭   老い  その4       
    石村柳三   《足の眼》の刻む生/
           《足の眼》の風光/
           トランペットを吹きたい 
    結城文    レマン湖の朝        
    佐相憲一   少年少女/横浜港/山神神社
    鈴木比佐雄  筑波山の山百合と熊苺 追悼文 鈴木比佐雄  エコロジーの詩の水脈を掘った人
            ―下村和子さんを偲んで 
書評  洲史     『日下新介全詩集』 
    笠原仙一    
    齋藤貢    『若松丈太郎詩集一三〇篇』 
    勝嶋啓太   羽島貝詩集 
    下前幸一   『鉛の心臓』 
    江口節    伊谷たかや詩集 
    中西弘貴   『またあした』 
    郡山直    池下和彦詩集
    司由衣    『父の詩集』 
    貝塚津音魚  酒木裕次郎詩集『浜泉』 
    木島章    奥主榮エッセイ集 
    福山重博   『在り続けるものへ向けて』 
    玉造修    青木みつお小説   
    速水晃    『荒川を渡る』を読む 
    石村柳三   前田新評論集  
    外村文象   『土着と四次元』 
    石垣蔦紅   『茂吉のプリズム 
           斎藤茂吉歌集150首抄』  
編集後記           佐相憲一 
編集後記          鈴木比佐雄 
コールサック社 出版活動について 
「年間購読会員」と原稿募集のご案内 

時評
この世界に詩があること    佐相 憲一
 以前、本誌に連載で書いていた現代詩時評を再開する。それなりに読まれていたらしく反響もあったのだが、三年前に三・一一大事件が発生し、緊急にさまざまな編集を尽くしたのと、日々の多忙ゆえに手が回らなくなっていた。多忙は変わらないが、本誌も全国一般詩誌として発展してきたので、時評は必要だと判断した。よろしくお付き合いいただきたい。
 * * * * *
 ここに、育鵬社の社会科の教科書、公民と歴史がある。多くの教育者・学者・市民に問題点を指摘されて反対されてきたものだが、ついにいまでは実際に使用されている。引用してみよう。
〈国家としての一体感を守り育てることは大切であり、そのためにあらためて国民意識が必要となるのです。〉
〈国旗・国歌はその国を象徴するもので、それぞれの国の歴史や国民の理想がこめられています。〉
〈それぞれの国の人々が、自国の国旗・国歌に愛着をもつのは当然のことです。〉
〈大日本帝国憲法として公布しました。この憲法は、アジアで初めての本格的な近代憲法として内外ともに高く評価されました。〉
〈日本は米英に宣戦布告し、この戦争を「自存自衛」の戦争と宣言したうえで、大東亜戦争と名づけました(戦後は太平洋戦争とよばれるようになりました)。〉
〈戦争初期のわが国の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への希望をあたえました。〉
〈戦後の日本の平和は、自衛隊の存在とともにアメリカ軍の抑止力に負うところも大きいといえます。また、この条約(日米安全保障条約)は、日本だけでなく東アジア地域の平和と安全の維持にも、大きな役割を果たしています。〉
 
 これだけ読んだだけでも、この「教科書」の危険性がよくわかる。国家への愛着と忠誠を強調・誘導し、戦後社会の歴史認識を根本から見直す皇国史観を復活させようとしている。教科書の欄外には次の小見出しも見える。
〈なぜ日本の憲法は一度も改正されていないのでしょう。〉
 そして、その下に数か国の憲法改正回数まで載せている。
 
 こうした「教科書」で「学んだ」生徒がナショナリズムに走り、平和憲法を変える先兵になっても、それは「教科書」通りの「模範国民」となろう。それでいいのか。こんなところまで後退したこの国の状況である。
 * * * * *
 ナショナリズムの進行が世界を覆っている。各地から排他的で偏狭な「愛国」言動や民族差別的な傾向が伝えられるが、日本も例外でないどころか、政治状況を見ると右翼最先端の様相を呈している。
 この空気は二度の世界大戦前夜にどこか似ているが、そう簡単には第三次世界大戦にはならないであろう歯止めもある。さすがに人類は過去の戦争や紛争から少しは学んでいる。衛星放送やインターネットなどによる世界同時中継の現代では、そう簡単に侵略戦争やり放題はできない。
 いまこの物騒な空気がどこから再発してきたのかを冷静に考察することは、異文化和解と戦争防止のためだけではなく、世界経済の今後を考える上でも重要だろう。さまざまな要因が複雑に入り組んでいるとしても、確かなことは、経済的な構造がナショナリズムを誘発し利用する根本にあるということだ。
 国の名前を付けないでその典型例を記述してみよう。国内経済はなかなか厳しい。ごく一部の大手企業は海外ネットワークで儲けているが、現地生産や多国籍企業化によって、国内の雇用状況にはプラスに作用しない。産業空洞化がすすみ、グローバリズムの世界経済にのみこまれた消費の外国産オンパレードは低価格ながら、安全性や独自文化性を低下させている。雇用は以前より厳しく、労働者の権利状況も世界競争ゆえに後退の傾向が著しい。しかし、メディアはスポンサーである巨大企業の影響下にあり、政治家の多くも資金源である支援者の企業利益を代弁する傾向が強い。具体的には法人税などの優遇、世界各地へ企業が進出する無言の背景としての軍事力もしくは軍事同盟の強化、その口実として、近隣国や競争国がいかにひどいかの強調と愛国心教育。財政的なしわ寄せは国民福祉の削減や低所得層に痛い無差別税体系などで乗り切る。こうした中で、国内には現状への不満を誰かにぶつけたいという空気が充満し、わかりやすい「敵」である外国人が標的になる。「俺の職を奪った奴ら」「この国を汚す危ない連中」など。はけ口は外国に集まり、自国の歴史を全肯定・正当化してアイデンティティと一体感を求める傾向が、おなじみのナショナリズムを形成していく。それには必ず扇動者がおり、新しい運動家や野党政治家であることもあるが、政権そのものが張本人の場合はとりわけ危険だ。
 今日の世界経済は、人類全体がしっかりと議論していかないと、ごくごく一握りの人びとだけが巨額の富を得て、多数は暮らしが苦しくなるばかりである。驚くべきは、これだけ科学技術が発展して世界の一体感がすすんだにもかかわらず、国際データでは人類全体の貧富の格差がますますひろがっているという事実だ。日本も例外ではない。格差社会という言葉が定着して久しいが、バブル期の一九八〇年代だけではなく、閉塞感が漂い始めた一九九〇年代、新世紀だとから騒ぎした二〇〇〇年代と比較しても、現在のこの国の人びとの生活状況は格差社会がいっそう進行していることを示している。「景気が回復」などと言ってもよく見るとそれは一部の大企業の利益を基準に判断されている。その大企業の利益も海外拡張に流れることが多いから、国内の国民生活全体の向上には結びつかない。テレビもインターネットもそうしたことはほとんど報道しない。バラエティ番組などで日頃のストレスをせめてやわらげて、多くの市民は選挙へも行かない。だから、どんどん大多数の労働者の利益は削られて、どんどん福祉も削られて、どんどん教育現場に政治が介入して、行き場のない怒りがナショナリズムという受け皿に集まるのだ。政府が強引に決定した「集団的自衛権」や、繰り返される改憲発言も、こうした文脈の中にある。
 仮に今後、どこかの国が素晴らしい市民思いの経済還元政策を実施しても、世界の妨害にあって継続はなかなか難しいだろう。それが世界中のルールにならない限り、本当の人類進歩はないだろう。そういう改善方向が孤立しないようにするためには、弱肉強食やり放題のグローバリズム経済をどこかでストップさせる世界経済ルールを確立しないといけないだろう。世界各国の支配者層を見ると、それは困難だと悲観的にならざるをえないが、しかし人類は紆余曲折を経て、戦争やり放題の世界秩序をここまで改善してきたのだ。希望を失ってはならないだろう。
 
 * * * * *
 こんな世界に〈詩〉はさらされている。こんな世界のなかで、それでも〈詩〉は生み出されている。それが言いたい。
 
 このような時代、詩人とはどんな存在だろうか。
 詩は何よりも自由を欲するから、詩作品の自由な多様性の大切さはいつの時代も変わらない。こういう時代だからこういう主題のこういう書き方をしろ、ということはないのだ。だから、私が述べようとしていることは、詩人はみんなナショナリズム批判の詩を書けということではない。
 もっと深いところの、もっと大きな視野の、詩の本質的なところの今日性について言いたいのだ。
 この現代世界のただ中で、このいまの地球の上で、一個の独立した内面存在として詩人が何をどうとらえ、何を感じとって、どう表現するか。そのことに強い関心を抱くのは、古今東西、詩人とは本来、ホモサピエンスの中でもっとも敏感な人種だという願いに似た確信を捨てたくないからである。
 今日、この国では、詩人などと言っても一般に尊敬されない。書店状況は極めて厳しく有能な詩人の詩書を排除しがちだし、詩人は詩を書くだけでは食べていかれない。社会の多数の人びとの愛好も、メディアの扱いも、商業的な娯楽の洪水の中で、いまどき詩なんて相手にしてくれない風潮が顕著だ。
 だが、それが当然だとは私は思わない。よく、詩人が詩人だけの間の世界で満足しているという揶揄があるが、そういうところがないわけではないにしても、もっとよく見るならば実態は、詩文学というものに心ひかれて熱心に詩の場につどう人びとを詩の書き手だからと軽視しているにすぎないのだ。何が悲しくて実益にならないものにこだわり、そればかりかむしろ自分でお金を出してまで集い続けるのか。そこまでしてでも、詩というものにとりつかれて愛好する人びとに、私は逆に大いなる敬意と共感を覚えるばかりである。
 
 詩誌や詩団体といったものは、詩を愛する人びとや詩人、詩作品を大事にするところのはずだ。運営側の詩の理解の浅さからくる傾向差別やなわばり主義、背後の人脈による打算や偏見、といったものを持ち込んではならない。日々、全国のさまざまな詩界情報が耳に入るが、胸の痛む話が絶えないのは残念だ。狭い閉鎖的な考えを詩界全体の基準にしようとするなら、そのような人物は運営方面には向かないだろう。自分の美学を人に押しつける権利はないはずだ。ひとりひとりの詩人もどこに取り入ったら得かとか、どんな詩を詩壇は好むか、というような主体性のない動きはしてほしくない。ひろくいろいろな詩を読み、自分の本当に追求したい詩を書いてほしい。こうやって書いたら損だ、などと意識させる方が間違っているのだから。
 そういった狭い世界を超えて、この危機的な現代に、詩人たちはものごとの本質をよく見て、詩を大切にしてほしい。
 
 古今東西、すぐれた詩人たちは、体ごと感じとったもので世界の諸相を表現してきた。ごく微小なものから巨大なものまで、他者性の強いものから自分自身のことまで、内省を経た詩の声が、さまざまな表現手法で展開されてきた。時事的な具体性の強い詩もあれば、普遍的な含みの深い詩もある。それらを読むとき、読者と書き手の間の時空が劇的に接近し、深いところでの感動や共鳴が、生きる力になったり、心を癒やしてくれたりするのだ。
 
 この極めて詩的でない世の中で、読んで感動した人が一人でもいれば、それはいい詩である。感動の深さは観客動員数とは別の次元のものだ。詩を通じた共感をひとつひとつばかにしないで大切にするならば、この国の詩の世界もまだまだ前途は暗くないだろう。
 そうであるために、批評の重要性、伝達の重要性も強調したい。生み出されてくる詩を評価したなら、それを積極的に分析し、文字で伝えることだ。
 偏狭なナショナリズムと表面的な娯楽全盛のいま、そういうものをこえて、深いところで、この世界には詩があるんだということを確認したい。

編集後記           佐相 憲一
 支援してくださる皆さんのおかげで、ついに本誌は季刊となる。年四回刊行によって、いっそう広範で濃密な詩の現在をお届けできるだろう。このところ、次から次へと新参加があり、刺激を受けたベテランの筆力の発揮もいっそう保障できることだろう。
 さっそく次の八十号は九月三十日しめきり、十一月下旬刊行なので、よろしくお願い申し上げる。四〇七ページの原稿募集要項をみていただだきたい。
 それにしても詩人や評論家の旺盛な意欲に励まされる。今号には前号よりもさらに自覚的な投稿がしめきり前から続き、結果として、全体ページ数を減らすことができなかった。もちろん、掲載見送りもそれなりにあったことを含めての話である。次号からはしめきりまでのサイクルが短くなることによって、一号あたりのページ数は削減できるだろう。このボリュームはウリでもあるが、読むのが大変という声ももらっていた。号ごとに特集も組んでスリム化することで、季刊化したメリットを出していきたい。膨大な量のものを書かれる方々の玉稿も、今度は誰さん、次は誰さんと振り分けることで、より注目して読んでもらえよう。今号はまだ目いっぱいのギリギリページ編集だが、力作がそろったので、おつきあい願いたい。
 〈危ない時代の不安のなかで〉とした。前号の編集後記に書いた「集団的自衛権」の詭弁はいよいよ大手をふるって、近隣アジア国への悪罵と共に、この国の戦後社会の平和志向の部分を根本的に変えようとしている。イスラエルによるパレスチナ空爆の事態が日本人にも切実なものとして突き刺さってくる。何しろ今後は、「同盟国」アメリカの軍事的世界行動を脅かすものは日本の「集団的自衛権」をも脅かすとみなされるのだから、イスラエルを支援してきたアメリカの状況次第では、自衛隊の世界展開も日程にのぼりかねない。仮に韓国と北朝鮮、フィリピンと中国、オーストラリアとどこかの国が戦闘状態になった場合、それぞれの前者と政府が協力関係にある日本も戦争行為に加わる恐れがある。自衛隊の今後については意見が分かれようが、少なくとも、「日本を攻撃から守るため」に自衛隊に入った隊員は、これからは日本が直接攻撃されていない外国の戦争のためにも命がけの行動を強制される恐れがあるのだ。こんなはずじゃなかったと思うなら、自衛隊員も率先して平和デモをするべきだ。そして人殺しに加担することは放棄するべきだ。政府は「武器輸出」の原則まで大っぴらに決めたから、いよいよ軍事力・軍事同盟を背景にした一部巨大企業の世界進出など、時代は危険このうえない空気にさらされている。
 ことの本質は、日本を再び戦争をする国にしていいのかということだろう。戦争放棄の平和憲法は古くないどころか新しい世界の先どりだと主張して、九条の会詩人の輪が十月四日に横浜でつどいを開くほか、詩人たちは黙っていない。
 そんな中で、扉詩に選んだ大阪在住の詩人・橋爪さち子さんの詩「折り紙」(一ページ)は戦争の記憶が痛い。
 また、福山重博さんの詩群(八ページ)が記す現代の不気味で怖い空気は不条理の域をこえて、確信犯的なものへの警鐘となっている。
 ほかにも、今号の詩人たちの作品からは時代の空気がさまざまなニュアンスで感じられる。すぐれた風刺詩や社会派的題材の詩はもちろんのこと、幻想的な物語詩や抒情が光る優しい感性の詩、あるいはきわめて私的な回想や日常感慨の詩も、伝説的なものも、ここに共存するように並べられた個性的なそれぞれの詩世界は、ひろい意味で、わたしたちが生きるいまの世の中の空気を反映しているのだ。その中には当然、葛藤があり、苦悩があり、矛盾があり、そして喜怒哀楽がある。それらすべてが、現代の詩ならではの大事な視点をもっている。
 たとえば、新参加の音月あき子さんの小詩集『アタマの充電器』七篇(二一六ページ)は新鮮だ。生と死にまたがる感覚のタイトル詩、少数派のかなしみと鋭さを描く「少数派人形」、精神的な闇の実感が切実な「双極性障害Ⅱ型」や「鬱おとずれて」、氷河の大木に友愛を見る「BEST FRIEND」など、独特の感覚である。そして、少なくない人びとが精神的な闇を抱えながら夢を見る今日の社会的空気をも伝えているのだ。
 今号の詩作品は、海外詩人の翻訳も含めて九十名。この多様な詩の渦のただ中で、読者諸氏にはいかなる印象が残るだろうか。編集しながら私は、どの参加者の詩にもそれぞれの光を見たが、それらがどこかの読者の胸にも輝くといい。評論、エッセイ、小説、書簡、書評などの充実もうれしい。なお、巻末にあった住所録は個人情報なので、載せないことになった。
 大きなアンソロジー『水・空気・食物300人詩集』と、テーマ限定の二冊の詩集『現代の風刺25人詩集』『SNSの詩の風41』が立て続けに刊行された。いずれもすでに話題になっている。カラーページに広告が載っているが、ぜひ詩集を手に取って読んでみていただきたい。いずれもきわめて今日的な内容の本であり、編集した者として自信をもっておすすめする次第だ。それぞれの参加詩人たちにはあらためて感謝御礼申し上げる。
 前号で三年間の好評連載が終わった宮川達二さんの「小熊秀雄研究」が再構成と加筆を経て、一冊の評論集として近日刊行される。宮川達二『海を越える翼―詩人小熊秀雄論』(二〇〇〇円+税)だ。北海道旭川や東京の研究家や全国の詩人・学者など、六十名ほどの幅ひろい刊行よびかけ人の推薦を得た。いままた切実さが光る詩人の足跡を新たな視点で追った労作がひろく読まれるといい。皆さんからのご注文を承っているので、ご協力願いたい。
 鳴海英吉研究会、詩集『SNSの詩の風41』記念放送、池袋モンパルナス小熊秀雄長長忌、の三つの案内が一六七ページからあるので、よろしくお願い申し上げる。
 石村柳三さんが「石橋湛山平和賞」を受賞された。一九八ページをご覧願いたい。この場をお借りして、心からの祝福をおくる。

少年少女        佐相 憲一
アリのオスは生殖行為を終えると死んでいく
アリのメスはひたすら働くか生殖行為を続けるか
そして死んでいく
アリを見つめることから発見の旅が始まったが
幼い視野には
ちょろちょろ動く命の神秘があるばかり
〈アリさん〉
と呼びかける視界には
一生を競争と
餓死と絶滅防止の種の運動に捧げるなど
入るはずもなかった
それでいいのだ
夢を見ていいのだ
いずれ人間が
もっと悲しい生きものと知った時
輪の中で自分自身も
残酷なことをしていることを知った時
〈アリさん〉
と呼んだ微笑みが
支えになるから
今日
隣の国と戦争したがる大人の中で
〈ニホンジンさん〉
と呼びかけてみる
現代図鑑のヒトの枝分かれの中で
この地の大人の中にも
小さな命におののく
夏の少年少女が生きているはずだから

横浜港           佐相 憲一
きれいだから来るんじゃない
絶景ならほかにいくらでもある
来てしまうのは
物語のせいだ
〈港〉〈波止場〉〈埠頭〉〈港湾〉
言葉が直感させるのは
横浜
ぼくのふるさとだ
工業地帯の湾は世界への扉
ここは近現代の始まりの港
船に乗ってこの国にやってきたものは
鉄道、新聞、電話、ガス灯、水道、洗濯石鹸
中華料理、洋食、アイスクリーム、国際野球
ヨーロッパ、アジア、アメリカ、世界中
夢を着た人間ひとりひとりは
日本各地からもてくてくとやってきて
たどり着いては
それぞれの物語が風になり
丘と谷に吹いている
ぼくの物語はまた今度話すよ
いまは君の物語
佇んで波音を聴くといい
かもめが旋回して
陽と陰がひとつになったその響き
もの哀しいと感じるか
ロマンティックと感じるか
何しに来たんだ、どこの馬の骨だ
そんな野暮な意地悪はこのまちに似合わない
肩寄せ合ってさりげなく手をつなぐ
誰だって
本当は生きるのがさびしいんだ
ほら 風が気持ちいいじゃないか
波うつ君の物語が進行中だ

山神神社             佐相 憲一
古くはない地図に社が載っていた
山あいの集落
旋回する鳥に迎えられて清流の橋を渡り
人家がまばらになって山道へ
歩いても見当たらなかった
〈ああ 昔あった山の神社だよ
 いま山切り崩してるからなあ
 まだ道あるかなあ
祭りなんかのたびに登って大変だった〉
老人は懐かしむように目を細めた
山の神が墓地や宅地造成で消えたのか
いや
山の神は旅人のぼくたちの胸の森に
夕暮れの衣装で風の声を響かせる
無数の男女の祈りが見えて
ぼくたちも地球に帰る

連載エッセイ
横浜にて ⑤(最終回)     佐相 憲一
 港、丘、森、境内。キーワードを変えてめぐった横浜の時空。
 
 ほかで連載してきた「旅の詩学」「神社の詩学」「あとがき―戦争と平和と詩」とのバランスを考えて、いったんフィナーレとしよう。
 詩的散文は、詩論集『21世紀の詩想の港』の「人生は詩かもしれない」シリーズや「夕焼けランデブー」シリーズ、詩論を兼ねた「海、港、詩」などから続けてきた。
 その後の「旅の詩学」「神社の詩学」「あとがき―戦争と平和と詩」「横浜にて」の四シリーズは、単発的に書いたほかの散文と共に、〈詩〉を確認する機会となった。
 これらにとりかかったことで大切なことを確認できた。この世界のどこにだって〈詩〉があること。感動の独自の形を追いかける考察の旅は、人生と社会、個と類、地球自然と日常文化の複雑な絡み合いの中に、あらためて〈詩〉を見つめることとなった。
 この連載は極めて私的な領域の回想を含んで来たが、そのことで普遍的な何かを読者に手渡せたなら幸いだ。多かれ少なかれ、人はかなしい。だからこそ、かなしみの中に希望の船は絶えないのだろう。このふるさと紀行は、人懐かしい波音となって響くだろうか。
 * * * * *
 朝日の方角が東で、夕日が西ということは、北にさすらい、南に焦がれる生を横から照らしてくれる。
 初日の出と位置付けた日常の仕切り直しをうさんくさいものとして嫌っていた若い頃。よくもまあ、突っ張ってクールに頑張っていたものだ。遠い外国の歌を聴きながら、夜通し港辺りを徘徊したりしたっけ。いまほどは商業丸出し観光地ではない雰囲気だったから良かったのかもしれない。京浜工業地帯、巨大港湾、海の風、世界貿易と洗練された多様性、戦後社会の縮図、近現代世界文学。そんなイメージの港には、幼いころから染みついた独特の愛着ともの悲しさが相半ばして、ちょっとしゃれた通りも薄暗い裏通りも、すべてが世界と人生の考察場所だった気がする。
 
 そのすべてを、愛するひとに案内すれば、思いがけず、ぼくの生にもバラードの時間が訪れる。
 
 去年、大桟橋で初日の出をいっしょに見た。ここは三年前の曇った日に彼女と大事な話をしたところだ。そして、初めて手をつないだところだ。
 中学一年の夏、別れた父と久しぶりに再会して黙って歩いた大桟橋。常にここは、かなしみの場所だった。
 受けとめてくれた彼女と見る朝焼けは、波打つ海と、背後に浮かぶ富士山と、すべての方位を照らして鮮やかだ。
 今年、フランス山の上の、港の見える丘公園で初日の出をいっしょに見た。ここは何度かいっしょに文学館やバラ園を見に来たところだ。
 高校二年と三年、精神的な危機を抱えながら一人来ては歩いた丘。孤独感と遠大な夢想、そして文学への道。常にここは、かなしみの場所だった。
 受けとめくれた彼女と見る朝焼けに丘の風が吹いている。
 何度も山下公園をいっしょに歩いた。ここは氷川丸の船内で、ぼくが大事な話を彼女に伝えたところだ。
 生まれてすぐの頃から、大阪に暮らしていた数年前まで、ずっとずっと、ここはぼくの原点だ。波音を聴いた回数は文字通り無数だ。これまでの人生のあらゆる転機にここへ来て、ひそかにひとり泣き、叫び、微笑み、沈み、浮かれて、さまざまな時代に、あらためてここへ来て佇んだ。常にここは、かなしみの場所だった。
 受けとめてくれた彼女と聴く新しい波音だ。
 何度かマリンタワーにいっしょに行った。初めて彼女を横浜に案内した時に、展望台から夕焼け時の虹を見た。それはその後のふたりの啓示のような奇跡だった。
 いまは銀色だが、昔は革新自治体の象徴のような赤色だった。それがぼくは好きだった。横浜に住んでいた時代に中に入ったのは数回だったが、中華街で働いていた頃、仕事仲間と深夜、マリンタワー横にあった飲食街のカジュアルなバーで飲んだものだ。だが、時代は変わり、すっかり高級感のよそよそしい界隈で、ぼくはマリンタワーを忘れていた。いや、疎外されていた。
 受けとめてくれた彼女とこの梅雨時の休日、マリンタワーから共に見る情景は、海側ばかりじゃない。紅葉坂も野毛山も行った、弘明寺も行った、上大岡や日野や野庭も行った、蒔田や阪東橋や中村町も行った、山谷も行った、本牧も根岸も港南台も大船も金沢文庫も行った。ぐるりと横浜。遠くを指さして、ぼくは彼女に確かめる。無邪気な観光客が知らない横浜を、得意になって案内する時期は過ぎて、すでにいま、そっと彼女に感謝をこめて回想するバラードの時間がやってきたのだ。
 
 幸せというものは多分にかなしみの味がする。
 彼女のこれまでも、かなしみの波音がせつない。ぼくはいっしょに聴きながら、どこかぼくのかなしみの波音と連なるその独自の調べを愛する。
〈よくここまでがんばって生きてきてくれたね〉
 初めて横浜を案内した時の、夕焼けと虹のニュアンス。それを大切にしたい。
 * * * * *
 横浜を故郷と意識するのは、実際に生まれ育ったという理由のほかに、もっと根源的な人間観や世界観、詩想に連なる何かがそう感じさせるような気がする。
 詩文学を象徴という次元でとらえるならば、各地で生きてきた中で感じとってきたさまざまなものの総体の象徴が、ぼくの中の港と言えるだろう。それは横浜であり〈詩〉なのだった。
 実際の横浜の現状が、街としても行政としても経済関係でも野球やサッカーの状況も、それぞれどうであろうと、むしろぼくがそれらに大いに批判的であろうとも、象徴としてのぼくの横浜は不滅である。港の比喩も不滅である。それは「昔はよかった」でもありえない。記憶にはむしろつらさや寂しさがつきまとっている。象徴としての〈詩〉の次元のぼくの横浜は、過去から現在へのすべての現象を超えて、この心身が感じとってきたものである。ぼくの人生があとどれだけ続くのかは不明だが、横浜の書店の郷土コーナーからも疎外された佐相憲一というハマっ子の物書きがいて、詩の世界を中心に、横浜の深層を感じとって体現していた、と後世の研究家が発見してくれればいい。
 * * * *
 いっしょになれるだろうか。
 きっとなれるだろう。
 
 現実は互いの人生を傷だらけにして、愛するひとの今後が心配だ。ぼくがずっと彼女の幸福の道をおともできたら、どんなにすてきだろう。彼女がこれまで体験できなかったことをひとつひとつ、いっぱい、ぼくの案内で体験させてあげたい。そう願って、ここまで来た。少しは役に立てているだろうか。
 ハマっ子にしかわからない、全国的には無名の地域をたくさん案内してきた。心理学と生物自然、文学や絵画などに関心の深い彼女とぼくが佇む場所は、何気ない路地だったり、住宅街の奥の森林だったり、団地地帯のバス停から何十分も歩いてたどり着いた夕暮れの丘だったり。市内行政区もさまざまな、ローカルな風景だ。
 その一方で、観光地化されて混雑していても、どうしても時々行ってしまうのが山下公園だ。赤ん坊の頃から大阪時代まで、ぼくの横浜はここを避けて通れない。血の中の何かが叫ぶのだから自分でもどうしようもない。新たに歩んできた大切なふたりの道の記憶も、絶えずこの港の公園に結びつくことで、ぼくの人生の一番大切な光がすべての歳月の中で輝きの意味を強くするのだ。そんなのはぼくの勝手な夢想に過ぎないが、彼女がこの港の公園を気に入ってくれて、愛着をもってくれたことに深く感謝するのみだ。
 同様に、ぼくは彼女が育った東京のローカルな地域を愛している。すでに横浜と同じくらいに深く歩き続けてきたから、いずれエッセイで書けたらいい。東京が大嫌いだったぼくが、彼女と都内のちょっとした自然地域への休日紀行を繰り返す中で、いままでの東京観を覆すことができたのだから、ふたりとも生まれて初めて訪れたそれらの自然風景にも、〈詩〉があったと言えよう。
 またしても、山下公園。
 今日は夜にまた花火があるらしい。午後の曇り空を不安そうに見ながら公園の芝生に座り込んで時間を待つ人びと。ぼくたちは海を見て、電車で東京へ帰る。
 ぼくは以前、花火大会などが好きではなかった。そういうにぎやかな中にいると、無性に寂しくなるからだ。
 少し前に偶然、ふたりで横浜の港の花火に遭遇した。花火なんてまじまじと見つめるのはこどもの頃以来だった。
 きれいだった。彼女はとてもうれしそうだった。それを見て、思わずぼくは幸せという〈詩〉を発見した。大空にひろがる花火は彼女の人生への祝福だった。
 誰かといっしょに何かを深く共有すること、それはぼくにとって詩運動や平和・社会運動を通じて多くの人びととの間には無数にあったが、個の愛の密度においては、残念ながら縁が薄かった。ぼくはてっきり、個人的な幸せはあきらめろという生まれながらの宿命なのだと思っていた。
 こどもの頃から、ぼくは公的なリーダー役が多かった。学校のクラスでも、放課後の遊びの場でも、母子家庭でも、草野球でも、大人になってからのいくつかの職場でも、文学運動でも社会運動でも、どこの土地でも、めぐりあわせでぼくはみんなの橋渡し役や助言者や提言実践者やまとめ役などをしてきた。こんなぼくでもそれなりにみんなに役立ってきたとは思うが、そのことに感謝を忘れたことはない。ぼくはみんなが幸福になればいいと考えている。
 だが、もうひとりのもの悲しいぼくがいて、言い知れぬ叫びや涙は、繰り返される放浪などで自ら癒やしてきた。誰に対しても心を開いて日々さまざまに前向きに実践しながら、誰にも共有されないかなしみを抱えて生きるのは、とてもしんどかった。詩を書くことだけが救いだった。
 彼女と出会う前、ぼくの半生で一番幸せだったのは小四の頃だ。
 こういうデリケートなことを話せるひとが現れて、ぼくの人生にも花火があることがわかった。
 バラードの時間。
 潮の香りのする、夢の波音だ。夢には涙がつきものだが、本当の涙はあたたかい。
 ぼくは彼女に感謝して、ただただ、そっと抱きしめる。
〈ありがとう〉

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